野崎まど『2』―創作とは何か―

野崎まどの[映]アムリタから続くシリーズを読み終えました。

とても面白かったので、ネタバレありで感想を書いていくことにしましょう。

感想というよりは考察かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が語りたいのは一点。

2のあの場面。

「全部。貴方の《演技》だったんですね。」

という、あの一言です。

 

いろいろな物語が語られてきた作品で、様々な見どころがあったのですが、全てはこの場面に集約されています。

ここで物語構造の "正解" が明かされるのです。

究極の小説。小説の正解とは何か。

 

それが、《演技》なのです。

 

当たり前のことなんです。

当たり前すぎて誰もそれを口にしません。

だからこそこの場面の特異性が際立っている。

創作は全て作者の演技なのです。

当然のことです。全ては創作なのですから。

ならば、

”創作は何のために存在するのか”

”私達はなぜ創るのか”

 

作者という名を冠する神によって完璧に演じられたそれは、演技だと見破ることは事実上不可能です。

完璧に演じられ誰もがそれを疑うことのなくなってしまった時点で、それは演技ではなくなってしまうからです。

それは神の不在です。

しかし、最原最早は創作に神を求めます。

神を作ろうとします。

神を降臨させるためにはどうすればよいのか。

 

創作が作者の演技だということをバラしてしまえばよいのです。

そこに神は降臨します。

2は、見事に神を降ろすことに成功しました。

ですが、ここに全能なる神はいません。

何故なら、ここに降臨した神は創作が演技であることがバレてしまっているからです。

創作の神は存在することを証明すると共に、その神が不完全であることも証明してしまいました。

これが、2のあらましです。

 

最後に、天使と神様の二人は新たなる作品を創る旅に出ます。

 

僕らは今日、創作の到達点に到達した。

創作の到達点を使って、僕らは次の作品を創る。

それはこの世界が僕たちにくれた、永遠に開かないパンドラの箱だった。